兵器道楽

兵器に関する古い時代の本を読んでいます。

図解科学昭和18年9月号 -みたみわれ この大いくさにかちぬかん- を読む

改めて激レア科学雑誌の図解科学(出版:中央公論社)を読んでみる。今回の特集は突破戦車、すなわちWoTやWT、またあるときはオモチャ屋のショーケースで輝いているアイツである。昭和18年といえばチョビ髭軍団がスターリングラードやチュニジアでどんぱちしていた頃だろうか。そういった事を念頭に置いて読んでいきたいと思う。

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「重戦車群を第一線におし進め、無数のトーチカと対戦車防備で固められた敵陣を突破して、深く楔をうち込む集団攻撃は、マジノ線を電撃的に突破し、さらにセバストポリの要塞をおとし、スターリングラードまで一気に押し寄せたドイツ軍自慢の戦法でした。そして、ドイツとともに世界の二大戦車国といはれたソ連が数にものをいわせてくり出した大戦車群さえも、ドイツ軍得意の戦法と質の優秀さには太刀打ちできず、至る所で打ち破られています。

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ドイツ軍の破竹の進撃を伝えている。 さて、本題となる突破するための装甲戦力はなにが強みなのだろうか。時代は紀元前800年のアッシリアまで遡る。アッシリア王 サルマナッサー二世は盾をもった6輪車を作り、弓手を乗せて敵陣を突破したらしい。その後は、投石機や広い壕を踏み越えるための橋、馬で引く戦車などが出現したと言われている。その後、今日のような戦車といたるまでは「蒸気機関」「無限軌道」「大馬力発動機」を要しているのだから一筋縄ではゆかぬようだ。かくして、第一次世界大戦のカンブレー会戦こそが本当の戦車戦の元祖となるのである。

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陣地や敵戦車を突破して突撃路を開き戦線を押し進める突破戦車であるが、その要求を見てみよう。(戦車要覧からの引用)
・必要に応じた突破力
・75ミリ砲に数発耐える装甲
対戦車火器として75ミリ砲または対重戦車用に105ミリから155ミリ級の砲
・対空防護のための機関銃
だそうだ。我が帝国の行く末を案じたくなるような気がするが、言わぬが花というやつである。
この手のジレンマはあーだこーだ語るよりも、戦車ゲームで遊んでみるのが手っ取り早い。
敵の装甲が抜けない/こっちの装甲が持たない/肝心なところで立ち往生する なんて気持ちを味わってほしい。
 
ついで各国が配備運用している突破戦車軍を考察していこう。
1943年9月の最新情報であることを加味して読んでもらいたい。(抜粋。全文見たければ買うか国会図書館へGO)
ドイツ🇩🇪
ベルサイユ条約による兵器保有制限の後、血が出るような努力を重ね戦車大国へと至る。
冷房装置、対ガス防御、耐水装甲を有しているため人間工学に配慮している。
大量生産に適した構造を採用しているので短期間のうちに外見は同じでも中身は一新したものを作れる。
チュニジア戦線へは最新の「虎」戦車、第三次独ソ戦では「虎」とは異なる大型重戦車を出動させT34を片っ端から撃破している。
 
イタリー🇮🇹
アンサルド軽戦車を多数配備しているが、偵察以外での価値はない
40式中戦車、また重戦車の出現には期して待つべき。(たったこれだけかよ)
 
イギリス🇬🇧
戦車砲から保護するため機動力に重点を置いた設計を取っているが、昨今の情勢を見て防御力も追求している。代表的なものはクルーザータンク マークiiAおよびマーク4A。前者は歩兵の突撃路を開くためのものである。「ニューヨークの電話帳」なみの装甲を有する銀行の金庫が突進してくるようとのことだが、砲塔内部の激しい振動を誘発する。実戦の経験をとりいれた新型戦車の動向に関しては今後の問題となる。
 
アメリカ🇺🇸
巨大な空軍、海軍を有するアメリカは上陸を許すことはないだろうとの安心から、戦車の開発は後回しであった。開戦後は今後の欧州派遣作戦を踏まえて42年に4万5千台、43年に7万5千台の製造計画を発表する。
M3軽戦車、M4中戦車を主軸に大量生産を行いつつ、57トン重戦車も研究しているらしい。
M4中戦車「シャーマン将軍」の特徴は鋳物で作られた65ミリの装甲、75ミリの火砲、充実した対人対空火器、射撃安定装置。車内の快適性と生産性改善のため航空機用エンジンを装備したため車両の全高が増したのはアメリカらしい間が抜けたところと言える
 
ソ連🇷🇺
ドイツ、満州と接しており広大な国土を防衛するため、機動力に富んだ設計を取っている。
製造される戦車も火力、装甲、速力の三点を追求しているおり、まさしくこの点に沿っているが、質が悪い点もある。1941年に現れたBT戦車の改良型である「T34 マンモス」は東部戦線に最も適応した車両であり、ソ連戦車の白眉である。52トン KW1または2 重戦車のもつ打撃力、防御力はすさまじいが、実戦的および技術的な価値は疑われている。
 
しっかしまあ、この記事を書いた人はM4シャーマンT-34(銀幕で)ゴジラやエイリアンとドンパチするなんて夢にも思わなかったろうな。歴史はどうなるかよくわからんものじゃ。まさしく戦車の設計とは装甲、火力、機動力の三要素の苦心が伴っているのである。
 
では、それら3要素の今後の発展を抜粋する。
装甲では対戦車のみならず対空攻撃を想定した重装甲化と生産性を確保するための低ニッケル溶接装甲の採用。
・火力では75粍砲または火炎放射器の搭載、対新型戦車戦を見越した100粍↑砲の開発。
・機動では軽量な大馬力発動機の採用、無限軌道の進歩、より進歩した走行装置の搭載。 
 
などが挙げられている。どの話も当然といえば当然だが、この書き方は技術の進歩が日進月歩であったあの時代故のものだろう。最後に、将来の戦車像が描かれているがここでは「遠隔操縦戦車」「1000トン戦車」「一人のり戦車」、そしてどしどし改良の加えられた「新型戦車」出現が予想されている。

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「現代の戦争は、技術の戦である。この言葉は、いままで述べてきた戦車の性能を再び頭の中で分析することによってさらに深く印象付けられることでしょう。」の言葉で締めくくられる本コラムであったが、実際の戦闘を振り返ってみると強力な戦車をつくって配備するだけではなく、補給線をつなぐ工業力もまた求められていることが分かるのではないだろうか。
というのは21世紀に生きる我々の傲慢なコメントであるが逆説的に捉えれば「民間人といえども1943年の夏には独ソ米英の戦車開発の状況や具体的なスペックを知っていた」という事実が浮かび上がるのではないだろうか。
 
ほかのコラムでは、高速鉄道原子爆弾結核症に対する言及もあり良くも悪くも時代を先取りしているような感さえある。このような先進的な話題を提供する図解科学であったが、横浜事件によって出版は朝日新聞に引き継がれたのち、1945年の12月に廃刊となってしまった。改めて紹介するが、国立国会図書館にはまだまだ非常に気になる号も収録されているのでぜひ読んでもらいたい。
 
つづく